強さの前に「よりよく生きる」― 龍成塾が稽古で本当に育てたいもの
龍成塾事務局
私は本を一冊書きました。突きや蹴りを支える「動素」、身体に技を刻み込む「型」、すべてを実戦から逆算する考え方。龍成塾の技術を、できるかぎり言葉にしてまとめたものです。
ただ、書き進めるうちに、はっきりと分かったことがありました。原理は、真空の中では機能しない、ということです。
どれだけ精密に技術を組み立てても、それが生きるためには「場」がいります。礼があり、仲間がいて、勝ち負けがあり、それを見守る人がいる。その場が成り立っていてはじめて、技術は意味を持ちます。では、その場は何を土台に立っているのか。突き詰めていくと、たどり着くのは一つの言葉でした。「よりよく生きる」。これです。
強さは、目的ではありません。手段です。勝ちも、帯の色も、同じです。それらは、よりよく生きるための道具にすぎません。順番を取り違えて、強さそのものを目的にしてしまうと、稽古はどこかいびつになっていきます。相手を倒すことばかりが大きくなり、人を育てるという、いちばん大事な軸を見失ってしまうのです。
私が道場で育てたいのは、試合で勝てる子ではありません。いえ、勝ってくれたら、もちろんうれしい。けれどその先に見ているのは、痛みや恐れの中でも自分を保てる人、負けを引き受けて立ち上がれる人、礼を尽くして人と向き合える人です。空手は、そのための「やり方」を、身体を通して教えてくれます。
技術を磨くのは、強くなるためです。強くなるのは、よりよく生きるためです。この順番だけは、何があっても手放しません。
道場は、ただ技を習う場所ではありません。よりよく生きるための稽古を、拳を通して積む場所です。私が二十数年、この道場で大切にしてきたのは、結局のところ、その一点に尽きます。
