力で勝る掌底は、なぜ試合で使われないのか ― 正拳との比較研究と、硬式空手での使い方

龍成塾事務局

掌底(しょうてい)は、手のひらの付け根で打つ技です。前回のコラム「掌底は、突きより強かった」では、海外の研究をもとに、掌底の力が正拳突きを上回ることを紹介しました。

ところが、総合格闘技の試合では、掌底をほとんど見かけません。選手はみな拳を握って打っています。力では勝るのに、試合では使われない。この食い違いの理由は5つです。

理由が分かると、硬式空手で掌底をどう使えばよいかも決まります。そのうえ掌底には、拳にはない利点が一つあります。打ち方しだいで、相手の面をずらせることです。

出てくる言葉

言葉意味
掌底手のひらの付け根(手首に近い硬いところ)で打つ技
正拳突き拳を握り、人差し指と中指の付け根(拳頭)で打つ突き
刻み突き・逆突き前の手で打つ突きが刻み突き、後ろの手で打つ突きが逆突き
総合格闘技打撃も投げも寝技も使える格闘技
面(スーパーセーフ)硬式空手で頭にかぶる防具。顔の前に丸く張り出している

1 力では、掌底が上

海外では、5つの研究が正拳突きと掌底の力を測っています。参加者に力を測る板やミットを打ってもらい、当たった瞬間のいちばん強い力を比べたものです。

経験の違う人の組を分けて測った研究もあり、組の数は全部で6つです。そのうち5つの組で掌底が上、残る1つの組は差なしでした。掌底が負けた研究は1つもありません。掌底の力は、男性で正拳突きのおよそ1.1〜1.6倍、女性でおよそ1.2〜1.7倍です。

研究者が挙げた理由は、主に2つです。

力がまっすぐ通る 拳は、手首や指の骨のつなぎ目で、当たった瞬間に力が逃げます。掌底は、前腕から手のひらの付け根まで、力がほぼまっすぐ伝わる形です。

痛みを気にせず打てる 手のひらは骨の出っ張りで当たらないので、手を痛める心配が少なく、全力で打てます。

ただし、どの研究も測ったのは、パッドを貼った板やミットを打った力です。人の体を打った力ではありません。研究の詳しい中身は、前回のコラムにまとめてあります。

2 掌底でも、人は倒せる

日本の総合格闘技の団体「パンクラス」は、1993年に始まりました。はじめのころは、顔面を拳で打つことが禁止で、顔面を打てるのは素手の掌底だけでした。1996年9月の大会では、ジェイソン・デルーシア選手が鈴木みのる選手を掌底で倒し、KO勝ちしています。

そのパンクラスも、1998年から2000年にかけて、ほかの総合格闘技に近いルールへ変わりました。顔面を拳で打てるようになってからは、選手の打撃は拳が中心です。

寝技の上から打ち下ろす形(総合格闘技の打ち方)で測った2022年の研究でも、掌底のほうが力は上でした。掌底は弱い技ではありません。それでも選手は拳を選びます。

3 それでも拳が選ばれる5つの理由

理由中身
① グローブが拳を守る掌底の「痛みを気にせず打てる」は、素手で打つときの話です。バンテージとグローブで拳の骨が守られると、この差は小さくなります
② 届く距離が長い掌底は手首に近いところで当たるので、拳より手の甲の骨1本分、大人でおよそ6〜8cm手前で止まります(骨の長さからの見積もりで、実測ではありません)
③ 速い28の研究をまとめた分析で、掌底は逆突き・順突き・ボクシングのストレートより遅いという結果です
④ 規則が拳を前提にしているボクシングとキックボクシングでは、グローブを開いて打つと反則です。総合格闘技の統一ルールでは、指を伸ばした手を相手の顔や目へ向けること自体が反則で、選手は「拳を握るか、指を真上に向ける」よう指導されます
⑤ 指を痛めず、連打が続く開いた指は、相手の肘や額に引っかかります。拳なら、刻み突きから逆突き、振り打ちへと、手の形を変えずに打ち続けられます

研究が測ったのは、いちばん強い力だけです。速さ、届く距離、当たる回数は測っていません。試合の勝ち負けは、力の強さだけでは決まりません。グローブと規則のある試合では、この5つが拳の側に有利に働きます。

4 硬式空手では、理由のうち2つが消える

5つの理由を硬式空手のルールに当てはめると、次のとおりです。

理由総合格闘技硬式空手掌底にとって
手の守りグローブを着けるグローブを着けない(薄い拳サポーターか素手。会派による)有利が残る
目突き指を顔に向けると反則面が目を覆っている心配が小さい
届く距離掌底が短い掌底が短い。ただし近い間合いでは差が小さい間合いしだい
速さ掌底が遅い掌底が遅い。先に当てることが大事なポイント制では響きやすい不利
押しの反則―掴み・押しは反則。当てたあと押し込むと、押しと見られるおそれがある硬式で特に注意
年齢―中学生以下は、手を開いた打撃が反則試合では使えない

ポイントは、掌底も正拳突きも同じ1ポイントです。強く当てても、ポイントは増えません。掌底の力が勝ちに結びつくのは、相手の戦意が2秒以上止まって一本(その場で勝ち)になるときです。

まとめると、総合格闘技で掌底を不利にしている理由のうち、グローブと目突きの2つが、硬式空手では消えます。残る不利は、届く距離と速さの2つです。そこに、硬式空手だけの注意として、押しの反則が加わります。

5 届く距離は、姿勢で取り返せる

残る不利のうち、届く距離は、体の使い方で大きく変わります。手の形の差(6〜8cm)より、姿勢の差のほうがずっと大きいからです。

動き伸びる量の目安仕組み
肩を入れる(体を回して、肩の線を相手に向ける)正面向きから真横まで回して約20cm肩幅の半分(約20cm)だけ、打つ側の肩が前に出る
上体を前に傾ける15度でおよそ13cm腰から肩まで約50cmの上体が、前に倒れる分
肩甲骨を前に出す数cm腕の付け根そのものが前へ動く
踏み込む(立ち方を長くする)足を出した分体ごと前に出る

数字は、大人の男性の体の寸法(肩幅約40cm、腰から肩まで約50cm)から出した見積もりで、実測ではありません。全部を合わせると、正面を向いて突っ立ち、腕だけ伸ばした突きより、20〜30cm以上遠くまで届く計算です。

腰を落とす役割

腰を落として低くなるだけでは、体は前に出ません。上段(顔)を狙うときは、肩が下がった分だけ斜め上へ打つことになり、届く距離はむしろ少し縮みます。

腰を落とす効き目は2つあります。1つは、腰を落とすほど足を前後に大きく開けるので、踏み込みが長くなること。もう1つは、肩を入れ、上体を倒しても崩れない土台になることです。距離を伸ばすのは肩で、腰はそれを支える役になります。

刻み突きと逆突きの違い

構えが半身(体を45度ほど横に向けた形)だとして計算すると、刻み突きと逆突きでは、肩の伸び方が大きく違います。

肩の動き前に出る量の目安
逆突き(後ろの手)後ろにある肩が、前まで回ってくる最大で約28cm
刻み突き(前の手)前の肩は最初から前にあり、真横まで回すだけ約6cm

逆突きは、体の回転だけで、掌底の短さ(6〜8cm)を十分に取り返せます。刻み突きは、回転で稼げる量が掌底の短さとほぼ同じなので、短さがそのまま響きます。後ろの手なら、掌底で打っても届く距離で損をしません。前の手で遠くから突いて届かせたいときは、拳のほうが有利です。

伸ばした分だけ失うもの

伸び切った位置では弱い 腕が伸び切る点では、手の速さがもう落ちています。強く当たるのは、伸び切る少し手前です。

戻りが遅い 肩・上体・足を全部前に出すほど、構えに戻るまでの間に、返し技をもらいやすくなります。

動きを読まれる 大きく回したり倒したりする動きは、相手にとって打つ前の合図です。

頭が前に出る 上体を倒すと、頭が前足より前に出て、相手の突きの的になります。

刻み突きは小さく速く打って戻り、逆突きは体の回転で伸ばす。これが使い分けの目安です。

6 拳にはできないこと ― 面をずらす

硬式空手の掌底には、もう一つ、拳にはない利点があります。手のひらの通り道(軌道)と、当たる瞬間の手の動かし方で、相手の面をずらせることです。拳では、これができません。

拳ではずらせない理由

面は、顔の前に丸く張り出した形です。

拳は、拳頭の硬い骨の出っ張り2つで当たります。丸い面の上では、真ん中を少し外れるとすべります。面に伝わるのは、ほぼ「押す向き」の力だけです。

手のひらは、柔らかく、広い面積で当たります。そのため、丸い面の上でもすべりにくく、当たった瞬間の手の動きを、そのまま面に伝えられます。押す向きの力だけでなく、面を回す力や、横へずらす力まで伝わるのは、このためです。

打ち方

掌底も、正拳突きと同じく、腕を内側にひねりながら打ちます(内旋)。手の先頭は、当たる直前まで、小指側の手のひらのふくらみ(小指丘)です。そして、正拳突きで拳を返すのと同じように、当たる瞬間に腕を返して打ちます。

この返しの向きと、手の通り道(まっすぐ・横から回す・下から突き上げる)によって、面が動く向きが変わります。

面がずれたときの効き目

面がずれれば、相手は一瞬、前が見えにくくなります。面と一緒に頭も回るので、構えも崩れやすくなるはずです。そこへ次の技を入れれば、三連続技(3つの技を続けて決めること。一本になる)につなげやすい、というのが私の考えです。

試合で使える形

ただし、試合では使える形が限られます。

上段の手技がポイントになるのは、面の前面に当たったときだけです。横から回して面の横に当たった手技は、ポイントになりません。

下から突き上げる軌道(アッパー系)も、試合ではポイントになりにくい打ち方です。

指を面に掛けると「掴み」、当てたあと押し込むと「押し」の反則になります。

そこで試合では、前からまっすぐ当て、当たる瞬間の腕の返しだけで面をずらします。横から回す軌道と下から突き上げる軌道は、面の動き方を体で覚えるための稽古用です。

もう一つ、面と一緒に相手の頭が回るので、首に負担がかかります。稽古では力を加減し、段階を踏んで練習します。

7 龍成塾の掌底

力・規則・届く距離・面への働きを比べた結果、龍成塾では掌底を次のように使います。

1. 後ろの手は掌底で打てる 逆突きは、前の手で間合いが詰まってから打ち、体の回転でも伸びるので、掌底の短さが響きません。組み立ての例は、刻み突き→逆の掌底→上段回し蹴り。1ポイント+1ポイント+2ポイントで、三連続技が決まれば一本です。

2. 前の手は、拳でも開いた手でもよい 前の手は、突くだけの手ではありません。相手の手を払う、誘う、間合いを測るなど、使い方はさまざまです。拳にするか開いた手にするかは、場面で選びます。遠くから突いて届かせたいときは、拳のほうが届きます。

3. 外して返す、近い間合いで 相手の攻撃を外した直後は間合いが近く、届く距離の不利が出ません。

4. 当てたら、すぐ引く 面をずらすのも、当たる瞬間の返しだけです。押し込むと、押しの反則と見られるおそれがあります。

5. 形を守る 指は真上に向け、指先を相手に向けない。手首を反らしすぎない(手首の骨の一つ、舟状骨を痛めることがある)。手のひらの付け根で当てる(指の付け根寄りで当たると平手打ちと同じになり、手の甲の骨を痛める)。

6. 中学生以下は 試合では使えません。稽古では、成長期の手の骨を守りながら思い切り打てる技として使います。

8 道場で確かめること

研究は、試合と同じ条件では測っていません。面のずれも、まだ私の経験からの考えです。龍成塾では、同じ人が正拳と掌底を打ち比べ、次の4つを確かめます。

確かめることやり方
届く距離姿勢を3通り(突っ立って腕だけ/肩を入れる/肩を入れて踏み込む)に変え、前の手と後ろの手で、面に当たるいちばん遠い距離を測る
速さスマートフォンのスロー撮影で、動き出しから当たるまでのコマ数を数える
ポイントになるか審判役の2人が見て、ポイントを取るか、押しに見えるかを判定する
面のずれスロー撮影で、当たったあとに面がどれだけ回ったか、横へずれたかを比べる

結び

掌底は、力では正拳突きに勝り、届く距離と速さでは負けます。届く距離は、後ろの手で打つことと姿勢で取り返せます。速さの差を小さくするのは、前の手で相手を崩し、間合いが詰まってから掌底を打つ組み立てです。

そのうえ掌底には、相手の面をずらすという、拳にはない働きがあります。硬式空手は、グローブを着けず、目も面で守られています。総合格闘技よりも、掌底の良さが生きる競技です。

龍成塾では、掌底を正拳突きと並ぶ技として、打ち方と当て方の両方から磨いていきます。手のひらの付け根で打つ技を、硬式空手の試合で通用する技に高めること。これが、龍成塾のこれからの稽古の目標の一つです。

出典

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  • Beránek V, Votápek P, Stastny P. Force and velocity of impact during upper limb strikes in combat sports: a systematic review and meta-analysis. Sports Biomechanics, 22: 921–939(2020年オンライン公開).
  • Beranek V, Stastny P, Novacek V, Votapek P, Formanek J. Upper Limb Strikes Reactive Forces in Mix Martial Art Athletes during Ground and Pound Tactics. International Journal of Environmental Research and Public Health, 2020; 17: 7782.
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  • 全日本総合空手道連盟 2026年度競技規定(競技判定は全日本硬式空手道連盟の競技規定に準ずる).
  • Association of Boxing Commissions. Unified Rules of Mixed Martial Arts, 2019.
  • Sports Graphic Number Web「SCORE CARDBACK NUMBER」(パンクラス初期のルール).
  • Sherdog「Pancrase – 1996 Anniversary Show」(1996年9月7日の試合記録).
  • Wikipedia「Pancrase」(ルール変更の時期).
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