「通い続ける」こと自体が、才能だ ― 継続が生む静かな成長
龍成塾事務局
才能、と聞くと、人はつい派手なものを思い浮かべます。高く上がる蹴り、鋭い反応、覚えの速さ。たしかにそれらは目を引きます。けれど、長く道場を見てきて、私がいちばん「これは才能だ」と思うのは、もっと地味なものです。通い続けること。それ自体が、立派な才能だと思っています。
子どもの上達は、まっすぐな右肩上がりにはなりません。ぐんと伸びる時期があり、そのあと、何ヶ月も何も変わらないように見える停滞期が来ます。本人も親御さんも、「向いていないのかも」と不安になります。実は、この停滞しているように見える時期に、身体の中では静かに土台が組み上がっています。外からは見えないだけなのです。
そしてあるとき、ふっと伸びます。昨日までできなかった動きが、何の前触れもなくできてしまう。そういう瞬間を、私は何度も見てきました。共通しているのは、ただ一つ。伸びる前の見えない時期を、辞めずに通い続けた子だ、ということです。
ここでものを言うのが、続ける力です。結果が出ない日も、気分が乗らない日も、とにかく道場に来て、列に並ぶ。その地味な積み重ねは、運動神経とは別の、独立した能力だと思います。そしてこの「続ける力」は、空手をやめたあとも、その子の人生をずっと支えていきます。勉強でも、仕事でも、結果が出ない時期を耐えて続けられる人は、最後に必ず景色が変わります。
ですから保護者の方には、お伝えしたいのです。お子さんが伸び悩んでいるように見えても、通えているなら、それだけで上等です、と。派手な才能はなくてかまいません。通い続けるという、いちばん静かで、いちばん強い才能を、その子はもう持っています。あとは、それが芽を出す日を、一緒に待つだけです。
