インドア少年が、空手家になるまで

意外に思われるかもしれませんが、子どもの頃の私は、どちらかといえば家の中で過ごすことの多い少年でした。

格闘技との出会いは、テレビの前から始まりました。仮面ライダーのキックに胸を躍らせ、アントニオ猪木の異種格闘技戦に夢中になりました。中学生になると映画に出会い、ブルース・リーの肉体が、人間の身体がここまで鋭い武器になりうることを教えてくれました。ジャッキー・チェンは、闘いの中にも遊びと工夫があることを示してくれました。

ただ、テレビや映画で憧れることと、自分が道場に通うことの間には、大きな隔たりがありました。その距離が縮まったのは、大学生になってからです。劇的なきっかけがあったわけではありません。ずっと底にあった憧れが、新しい環境の中で、ようやく行動に変わったのだと思います。

最初に学んだのは和道流でした。相手の力を受け流す柔らかい動きは、テレビで見ていた力強い空手のイメージとはまるで違い、最初は戸惑いました。けれど、このとき身につけた「軸を保ち、相手の力をいなす」感覚は、何十年経っても私の身体から消えることはありませんでした。

やがて通う距離の都合で、自宅近くで教えていた道場に移ります。新しい師匠は、元プロ空手の中量級チャンピオンでした。稽古は激しく、前歯が欠けたこともあります。けれど、その師のもとで「身体の内側から力を生み出し、拳に集約する」術を学びました。受け流す技術の上に、力を生み出す技術が加わった――この二つの流れの合流こそ、後の龍成塾の空手の原点です。

インドアだった少年が、空手に人生を懸けるようになる。きっかけは小さくても、続けるうちに道は深くなっていきます。今、道場の入口に立つお子さんやご家族にも、同じことが起こりうると、私は信じています。

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